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静的にできることを動的にしないというライフハック

アニメ プログラミング

上記のエントリをもう少し抽象的に扱うのがこっちのエントリ。
なので上のエントリはここの具体例。

骨子はこちら。

「音」は必ず時間的な制約がついた上で成り立つものなので、再生して確認するためには(テンポが同じであれば)常に同じ時間を要するが、見て確認できるのであれば慣れれば慣れるほど早くできるといったメリットがあるんじゃないだろうか。

ここで重要なのはある個人にとってほぼ同じモノ=曲を表現するのに「楽譜」という静的な形式と「音」という動的な形式が存在していて、それぞれ「時間に束縛されない」形式「時間に束縛される」形式であるということだ。これは映像表現のある部分に関しても同じことが言えるし、全然関係の無さそうなプログラミングとも同じだと言える。

結論から先に言えば「時間に束縛されない」形式で解釈できる媒体についてはその媒体を利用した方が効率が良いだろうということ。そして、この最たるものが時間に束縛されない「本」に対する速読だろう。同じ知識を得るためにCDで聞いたりテレビを見たりしても良いが、制限速度40kmの道路をF1ドライバーが走るのと同じで自分の能力を存分に発揮することはできないだろう。一方で、本を使うことで自己の最高速度で理解していくことができるのだ。


……なんか話はこれだけでいいような気がしてきたけど、速読だけじゃなんかうさんくささが残るので他の例についても考えてみよう。

まずはプログラミング

これはわかる人にはすぐにピンと来るだろうが「時間に束縛されない」のはソースコードで、「時間に束縛される」のがデバッグ*1だ。この場合はすべてのバグをソースコードを見るだけで発見しろというのではなく、あるバグが潜んでいるソースコードを見たときに実行せずにそれを把握できるならばそれが最善だということ。実際のところ、計算機の高速化によって束縛される時間が極めて短くなったため次善の策でも良い(どころかそっちの方が良い)場合が多いが、クリティカルなアルゴリズムが多いプログラムでは大事になるはずだ。

もう一つが映像表現

これがこの前「二倍速でアニメを見ることについて書く」といった件と絡んでいて、まとまりそうなので勢いで書いてみる。
「映像」も「音」と同じで時間的制約の上に成り立つものだけど、その構成要素すべてが時間に束縛されているわけではない。例えば原稿を読み上げているニュースを考えてみれば、時間に束縛されるテレビでそれを見る必要は無く、時間に束縛されない原稿を直接Webニュースなどで見れば良いことに気づく。
勝間さんの年収10倍アップ勉強法(P.93)でも次のように述べられている。

テレビは、時間当たりの情報量が非常に少ないので、時間の無駄

そして、これらの目でする勉強の時間の捻出のため、圧倒的に削った方がいいのが、テレビの視聴時間です。(中略)本で三ページぐらいの内容を、延々一時間かけてやったりしているのですから……

ではアニメはどうだろう。さすがに「アニメの時間当たりの情報量が非常に少ない」などと放言するやつがいたらそれはあまりにもアニメについての理解が足りないだろう。一話ごとに関わった制作スタッフの数を見ればわかると思うが、作画・演出・脚本・音楽・声などの各パートに関わるスタッフがそれぞれの考えをぶつけたのがアニメというものだ。はっきり言って単位時間当たりの情報量は爆発してると言っていいだろう。

二倍速どころか等倍でもアニメを理解するのは難しいというのになぜ速度を上げて視聴しようとするのか。大量のアニメを「効率よく」視聴してオタクトークに付いていけるようにするためだったり、多くの作品からシナリオ面でこれはと思えるものを見つけるためだったりといろいろ考えられるが、今までの話に絡めて考えてみよう。それはニュースをWebで見るのと同じで、ひとえに時間に束縛されない要素だけを抽出して確認したいからだと言えるのではないだろうか。

アニメにおける時間に束縛されない表現、すなわち静的な文字で表現できる要素が何かと言えば「あらすじ」だと思う。シナリオ(脚本)と言ってもいいかもしれないが、脚本が映像表現や声に関わることも多いと思うので、二倍速で正確に読み取るのは難しいだろう。そして「あらすじ」さえ確認できれば先に挙げたような目的を達成することもできるだろう。そして、この場合は動的なアニメの中の静的な要素を見透かしてそれだけを高速に読み取ろうとしていると解釈することもできる。

「二倍速でアニメを見ている」というと目くじらを立てる人が多いし、怒りたくなる気持ちも分からないでもないが、二倍速でアニメを見ている人たちはアニメを見ているのではなくあらすじだけ読んでるんだなと思えば怒る気もしなく……ならないかな?



先に述べた結論部分で「時間に束縛されない媒体」と言っていたものが「文字表現」にすり替わっているが、実際多くの場面で触れることができ、しかも一般的に理解しやすい静的な表現というのは文字表現であると思う。映像や音の方が概念的な理解が早いのも事実だが、それを再生するには時間以外にも様々なコストをかける必要があるということを考えれば、静的にできることはそのままで理解するというのが良いのではないかと思う。

*1:あるいは実行状態にあるプロセス