ピアノとタイピングとハノンと

せっかくピアノの練習を始めたので、タイピングと絡めた話でもしようと思います。なぜ楽器経験者はタイピングが速いのか、ピアノの練習がいかにしてタイピングに良い影響を与えるのか、という点について考えてみました。


タイパーにはピアノに限らず楽器や音ゲーの経験者が多いというのは通説で、僕の知る限りでもかなりの割合で楽器をやっている方は多いです。この説は昔から言われていたことで僕もずっと気になっていました。そこで、今から3年前、僕がPC講座のバイトをしているときにパソコン初心者200人を相手にある実験したことがあります。その実験というのは楽器・音ゲー経験者のタイピング速度とタイピング練習後の成長度合いを計測するというものでした。実験の詳細はリンク先を見ていただくとして、どちらの指標においても楽器経験者の方が高い結果になっています。

単位はひらがなで「字数/分」
やっぱり楽器経験者とかの方が速いらしい - tomoemonの日記

実験の方法についてツッコミどころもあるでしょうが、これまでの通説の裏付けの一つにはなると思っています。
ではなぜ音ゲー・楽器経験者はタイピングが速く、かつ成長速度が速いのでしょうか。これについても過去に多くの議論があったと思いますが、今日ピアノの基礎練習用の楽譜を見ていてなるほどと思ったので楽譜付きで紹介しようと思います。

ピアノ演奏とタイピングの共通点

まず、ピアノ練習とタイピング練習の共通点と相違点について以下の図で簡単に比較してみます。

ローマ字変換などタイピングにしか関係ない要素、ペダル操作などピアノにしか関係ない要素はもちろんありますが、鍵盤上の指の動きに関しては多くの点で共通しています。特に、ピアノの方が指が動く範囲が広く、打鍵に繊細な力加減が必要になるため、指の動きに関してはピアノの練習成果はそのままタイピングにも反映されるのではないかと考えています。
もちろん、ピアノが非常にうまかったとしてもタイピング的要素の習熟も必要になるため、タイピング練習はもちろん必要ですが、指の動き(指の制御)がしっかりできていれば、そうでない人に比べてより成長が早いのは言うまでもありません。

ハノンによる指の制御の練習

では、ピアノ演奏者はどんな練習をして指が制御できるようになるのか、ここでハノンという教則本を例にあげてみます。教則本としてのハノンについては賛否両論あるようですが、僕は大好きですし、なによりタイパー的にも非常に優れた練習プログラムであると言えます。

はじめにより抜粋

短時間でまにあう練習方法を私は長年考えてきました。そして、それは次の問題を解決すればよい、ということがわかりました。すなわち、5本の指をみな平均して訓練すれば、ピアノの為に書かれた曲は何でも引くことが可能になるはずです。[略]そこで目標を次のように決めます。

  1. 指を動きやすくすること
  2. 指をそれぞれ独立させること
  3. 指の力をつけること
  4. つぶをそろえること
  5. 手首を柔らかくすること
  6. 良い演奏に必要な特別な練習を全部入れること
  7. 左手が右手と同じように自由になること

いや、そうは言うけどね…みたいな感じのことをさらっと言っていますが、実際いろんな曲を弾くためには上記の要素は避けて通れないはずです。そして、同時に上記要素はタイピングにおいても非常に重要であることにお気づきでしょうか。「指を動きやすくすること」はわかりやすいですが、「独立させる」というのはある指が動いたときに他の指が勝手に動かないことをさしていて、タイピングで言えば余分な打鍵の発生を防ぐことにつながります。
「つぶをそろえる」というのは、狙い通りのリズムで打つことです。タイピングにリズムなんて関係ないと思いがちですが、ある順番で打鍵しようとしているのに右手と左手でずれてしまうことはよくあると思います(例:sakeru→saekru)。意識とは違うリズムで指が勝手に動く状態は避けなければなりません。
「左手が右手と同じように自由になること」は非常に重要な要素です。キーボードのけん盤配列を設計する際に、標準的な文章で利き手の打鍵数が多くなるようにする、といった方針がありえますが、理想的にはどちらの指も同程度に高速に動く方が効率の良い打鍵を実現できます。


ハノンには

  • 指のパターン練習×38曲
  • 音階・半音階・アルペジオ
  • 同音打鍵・トリル・三重トリル
  • 分散オクターブ・トレモロ

などなど、これでもかというくらいのテクニック練習パターン(曲というよりパターンです)が入っており、これをくまなく練習することで上記の目標を達成しようとしています。僕は半分もできませんが、初めにあげた指のパターン練習だけでもタイピング練習に貢献する例としては十分わかりやすいのでここで紹介します。
指のパターン練習には1曲の中に上昇系と下降形があり、次のようになっています。


楽譜を読めない方もいらっしゃると思うので、左手をパソコンのキーボードの文字に置き換えてみます。

  • 上昇系:ASDF親FDS
  • 下降系:親FDSASDF

親指を(親)と割り当てています。

同様の方法で38パターンのうち31パターンを紹介してみます。

上昇系 下降系
ASDF親FDS 親FDSASDF
AD親FDFDS 親DASDSDF
AD親FDSDF 親DASDFDS
ASAD親FDS 親F親DASDF
A親F親DFSD ASADSFD親
A親F親D親S親 親ASADAFA
ADSFD親DS 親DFSDASD
ASF親DFSD 親FSADSFD
ASDSFD親F 親FDFSDAS
A親FDSDSD 親ASDFDFD
AD親F親FDF 親DASASDS
親ADSASDA A親DF親FD親
DAFS親DF親 D親SFDADF
ASFDFD親D 親FSDSDAS
ADSFD親F親 親F親DFSDA
ADSD親FDF 親DFDASDS
ASFD親FDF 親FSDASDA
ASFD親FSD 親FSDASFD
A親DF親DSF 親ADSADFS
ASF親FDFS 親FSADSDA
ASDSASDF親FDF親FDS 親FDF親FDSASDSASDF
ADSDASDF親DFD親FDS 親DFD親FDSADSDASDF
ASDSASDFA親FDSDFD 親FDF親FDF親ASDFDSD
ASDADSDADSDA親DFS D親F親D親F親D親F親ADSF
ASDASDFSDF親FD親DS 親FD親FDSFDSADSASD
DF親DSDFSASDA親F親F 親DF親FSDFDASDSASA
DFSDASDF親F親F親FDS 親F親D親FDSASASASDF
ADSDADSDA親F親DFSD 親DFD親DFD親ASADSFD
ASADSDSFDFD親F親F親 親F親DFDFSDSDASDSD
ASASASAD親F親F親F親D 親F親F親F親FASASASAD
A親F親D親S親A親A親 親ASADAFA親A親A

実際は、さらに上記パターンのリズムを変えたり、アクセントを付ける位置を変えたりすることでメニューを2倍・3倍に増やしたりします。いかがでしょうか。これだけできれば指が自由自在に動きそうな気がしてこないでしょうか。

まとめ

タイピングの練習だとどうしても単語や文章の練習(タイピング的要素の習熟)ばかりがメインになってしまい、指の動きに関する不得意な部分(例えば左手小指と他の指の連動など)を重点的に練習することが難しいように思います。一方で、ピアノを練習する過程で各指を制御するための能力を獲得し、タイピング速度の向上、成長速度の向上を実現するための基礎を確立していると考えることができます。
「基礎」と逃げているように、トップタイパーは必ずしもピアノを練習しているわけではありませんし、その逆も常に成り立つわけではありません。ピアノの練習で獲得できる指の制御はタイピングにはオーバースペックな部分も多く、タイピング練習の中で習熟できればその方が練習効率も良いでしょう。
そして、苦手なことが人それぞれ違うように、効率の良い練習方法も人それぞれ違うはずです。トップタイパーは日頃の練習の中でより自分に合った練習方法を探っているはずですし、もしあなたがトップタイパーを目指すのであれば同じようにするべきです。

余談

実際、僕自身ここ最近(記録の更新自体はできても)タイピング時に左手が思うように動かないことが多くなってきたことを実感していましたが、あらためてハノンを練習することで左手に神経が通ってきたような感じがします。

ピアノ以外の場合は?

例えば管楽器は指を使います、弦楽器も指を使います、打楽器も指が関係なくはないですが、他に比べると少し関わりが弱いかもしれません。音ゲーだとビーマニは指の制御は必要だと思います。ポップン太鼓の達人、ダンレボはどうでしょうね…。